ならまち元興寺に龍を探す 2
2012.04.28 Saturday
気づけば桜の時期も終わり、旅日記の更新も半月せず…(反省)。
遅筆の上に、多忙ときて、週刊ブログどころか、月刊ブログとなってしまってます。
月も変わろうかという頃に、ようやくお話の続き。
奈良県ならまちでの龍探し。
元興寺の塔跡を訪ねました。
龍の棟瓦を持つ門をくぐると、奈良時代の元興寺東塔跡があります。

かつてここには、高さ推定約50mの五重塔がありました。
しかし、1859年(安政6年)に焼失。
1927年(昭和2年)に発掘調査が行われ、金の延板(のべいた)や金塊、勾玉(まがたま)や水晶玉、貨幣などが出土しています。
そして境内に建つ灯籠。

啼燈籠(なきどうろう)と呼ばれる、古い燈籠。
円柱に正嘉元年(1257年)の刻銘があり、奈良市内で年号が刻まれた物としては、2番目に古い貴重な物なのだとか。
元興寺の火災の時、この石燈籠も焼けてしまいました。
そして延焼により石はもろくなり、昭和19年の大地震によって倒壊。
長く割れたまま片づけられていましたが、平成22年の春に66年ぶりに、元の姿に修復されました。
啼燈籠(なきどうろう)と呼ばれる由縁。
延享年間(1744〜1747)に大丸呉服店(今の大丸百貨店)の下村家が京都伏見に住んでいました。
下村家はこの後に啼燈籠呼ばれる燈籠を引き取り、新しい燈籠を元興寺に奉納しました。
すると、古い燈籠は夜になると、鳴りだし、まるで鳴くかのように震えたのだとか。
下村家の人々は怖ろしくなり、再びこの地に安置したそうです。
ふと見上げると、境内の建物の屋根に龍の姿。
屋根の先っぽ、とんがり頭の宝珠(ほうじゅ)に絡みつく龍。

木々が多い境内でした。
塔の礎石のある場所には、見事な桜が咲くと聞きます。
次に訪れる時は、そんな時期がいいなぁと思いつつ、そこをぼんやりと眺めて一休み。
五重塔がそこにそびえ立っている姿が、見えたような気がしました。
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カタラクトも使ってます
カラーミーショップ



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しかし、1859年(安政6年)に焼失。
1927年(昭和2年)に発掘調査が行われ、金の延板(のべいた)や金塊、勾玉(まがたま)や水晶玉、貨幣などが出土しています。
そして境内に建つ灯籠。

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円柱に正嘉元年(1257年)の刻銘があり、奈良市内で年号が刻まれた物としては、2番目に古い貴重な物なのだとか。
元興寺の火災の時、この石燈籠も焼けてしまいました。
そして延焼により石はもろくなり、昭和19年の大地震によって倒壊。
長く割れたまま片づけられていましたが、平成22年の春に66年ぶりに、元の姿に修復されました。
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すると、古い燈籠は夜になると、鳴りだし、まるで鳴くかのように震えたのだとか。
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ふと見上げると、境内の建物の屋根に龍の姿。
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木々が多い境内でした。
塔の礎石のある場所には、見事な桜が咲くと聞きます。
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